インプットとアウトプット

先般実施方針が最終決定した「大学入学共通テスト」を見据え、これからのあらゆる英語の試験は4技能測定へ向かいます。英検もこれを受けて、来年8月より1日で4技能を測る試験に変更となるようです。この「4技能評価」が必要な理由を、文科省の担当者は「日本人全体も高校生も、スピーキング、ライティングの能力が十分でない。高校教育も大学入試も一体で変わっていくべき」と述べています。そしてそれを基本コンセプトとして、新しい学習指導要領は「英語を用いて何ができるか」という観点で改訂が進められます。つまり英語の「運用能力の向上」に力点が置かれた教育に変わっていくというわけです。

さて、この「運用能力」ですが、辞書では「運用とはものをうまく働かせ使うこと」と定義されています。資産運用が一番イメージしやすいかと思いますが、少し言葉を足すと、「自分が持っているものをどう使う(使える)か」ということになります。ですから英語の運用能力とは、自分が持っている語彙・文法・構文などの知識を道具として使える能力、ということになりますが、この能力をライティングやスピーキングで測る方向に向かうことは、上の文科省担当者の言葉からも明らかです。英語はそもそもがコミュニケーションツールですから、その手段としてライティングやスピーキングの能力向上を目指すことに異論はありません。

しかし一方、同じ文科省が前年実施した「英語力調査」(中3生対象)では、そのデータ分析から『傾向として、まとまった量の英文から、概要や要点を読み取ることや、必要な情報を聞き取ることに課題がある。また、文を作ることはできても、まとまりのある文章を書くことに課題がある。』と結論づけています。中学生と、当然その先の高校生は、ライティングとスピーキングどころか「読む」も「聞く」もダメという結果です。

知識の吸収を「インプット」とすれば、「インプットされたものの発信」が「アウトプット」になります。上でしつこく「自分が持っている」という箇所を太文字表記した理由も、実はここにあります。自分が持っていないものをアウトプットすることはできません。つまり、インプットの総量がアウトプット(運用)のスケールとレベルを決定すると言いたいわけです。英語においては、大雑把に分ければ「読む」「聞く」がインプット、「書ける」「話せる」がアウトプット(発信)になるかと思いますが、私は生徒を指導していて、「読む」「聞く」、特に「読む」ことによるインプットが普段ほとんどなされていないことを痛切に感じています。語彙や文法を知識として定着させるためにも、それらが含まれている英文を何度も繰り返し読む、しかも声に出して読むことは実に大切なインプット学習です。この学習が、先々で書けたり話せたりする力の土台となっていきますが、こういった当たり前のインプット学習を疎かにして、高度な運用力など育つはずがありません。「インプットなくしてアウトプットなし」とは、まさにこのことです。運用力が低いから、ライティングやスピーキングをもっと授業に取り入れる、英語で授業を行う、という単純な発想でなく、運用力を高めたいからこそ、なおのことアウトプット訓練と同時に、もしくは先行して生徒がより知識を増やせるインプット指導を充実させるべきと思っています。

また、「運用力の向上」の裏返しとして「知識偏重からの転換」ということが言われますが、はたして偏重するほど知識を与えてきたかは、大いに疑問です。与えたにしても習熟度合が低いことはさまざまなデータが示しています。運用(応用)の前に習熟が必要なことは、英語に限ったことではありませんが、中高生の英語力の低さは、主に知識不足・習熟不足に原因があるのであって、ライティングやスピーキングをプラスすることだけでは根本解決になりません。むしろこういった訓練は、その能力を直接向上させようとするのでなく、知識の定着と習熟を促すことを目的としてなされるべきではないかと考えています。大学入学共通テストの実施にしても、多くの高校大学の反対によって、4年間の移行期間を設けることで決着しました。しかしこれの完全実施に向けての新しい取り組みの中に、生徒の習熟度(学力)向上のために運用訓練をどう織り込んでいくか、という視点がなければ、結局は改善でも改革でもなく、単に中高生の学習負担を増大させ、さらなる英語嫌いを生むだけの結果になってしまうのではないか、と危惧している次第です。

ところで、2020年度から正式に、小5~小6の英語が教科化されます。内容について詳しくは知りませんが、中学卒業時に、3年分の教科書内容を十分に消化吸収できている生徒の割合が高まり、「英語そのものが嫌い」という生徒が減っていることが、成果の一番の尺度になるでしょう。私の教室の場合、入会してくる小学生に対しては、「中学で習う内容のどこまでを復習にできるか」を一つの目安に指導していますが、これもできるだけ多く「学力のゆとり」を作っておいてやりたいからです。「学力のゆとり」とは、定期テストなど勉強しなくても、常に満点近く取れる力のことです。