高校生留学体験記

お子さんの「高校生留学」や海外の大学への進学を検討されている方には、参考になる点もあるかと思い、ヨーロッパの大学に進学している私の息子に、これまでの自分自身の体験を総括してもらいました。結構な長文ですが、興味のある方はご一読ください。

私は、高校二年生の夏より11か月間、高校留学機関を通して中欧のハンガリーへ交換留学に行っていました。

留学の動機というのは、まず、ごく普通の高校生活3年間を過ごすというのが、私にとってあまり興味を持てなかったことです。もちろん、その3年間で学べることや楽しめることは多いとは思いますが、そのほかにも学べることはあるのではないかと、高校に入って疑問に思うことが多々ありました。昔から留学には興味がありましたが、そんなに簡単にできるものではないとは思っていました。しかし、その夢を捨てきれず、当時の担任の先生方に相談もしましたが、「受験勉強に影響が出る」「多大な費用がかかる」といった点から、当初は反対されていました。徳島県では今日でも、ほかの都道府県に比べて高校生のうちに留学をするという人は少ないのが現状です。なぜなら、受験勉強に重きを置いている高校がほとんどで、生徒自身も行きたがらないのが現実だからです。しかし当時の私は、目標にしていた大学・学部がありませんでしたし、大学へは、ただ学歴のためだけに行かなければならないと思っていただけでした。

そうこうしていたある日、AFSという高校留学団体のパンフレットを担任から頂きました。その団体は世界約40カ国から留学先を選ぶことが可能で、もちろん英語圏のほか非英語圏の国へも留学できるということでしたので、是非参加してみたいと感じました。参考URL: http://www.afs.or.jp/

ハンガリーを留学先にした理由は、まず昔からヨーロッパの文化に興味があり、ほかには英語ではなく現地の言語も学べるという点でした(ハンガリーはハンガリー語)。留学する以前は、全くその国のことについて知りませんでしたが、一方で未知の世界へ飛び込んでいくのも悪くないと思ってもいました。

AFSの留学生になるために、英語の能力テストならびに一般教養の筆記試験と面接がありました。英語の試験というのは、SLEPという英語のレベルチェックテストで、英検に似ているところもありました(現在はELTiSというテストに移行されている)。しかしながら、難易度的にはそう高いものではなく、私が考えるに、英検準二級以上を持っている人であれば、比較的高得点をとれると思います。ただ、私の場合は非英語圏への留学でしたが、アメリカへの留学を希望する場合、アメリカ政府が定めた規定により、7~8割以上点を取らないと留学は認められないそうです。

そして私の留学を後押ししてくれたのが、徳島県から留学する学生1人だけに与えられるという奨学金の存在でした。今現在は廃止されてしまいましたが、留学に必要な資金を全額負担してくれるというのは非常に魅力的で、両親にも金銭面での迷惑をかけなくて済みます。徳島県からその留学団体を通して留学する学生というのは、毎年一人いるかいないかの小規模でしたので、運よくその奨学金を頂けることができました。

そして日本を高2の夏に出発し、いよいよ約11か月間の留学生活がスタートしました。

留学生はホストファミリー宅にお世話になるというのが条件です。彼らは、無償で住居と食事を提供するのがこの留学団体のルールで、親切で余裕のある方々しかホストはしてくれません。私も非常に親切なホストファミリーに出会うことができ、今でも頻繁に交流させてもらっています。

現地での基本的な過ごし方というのは、ホストスクール(現地の高校)へ通いながら、異国の文化を経験していきます。当時の私は、ハンガリー語はおろか、英語も基本的なことくらいしか話すことはできませんでした。私は、自分の年齢の一つ下のクラスで学んでいましたが、クラスメートは、私より流ちょうな英語を話していたため、大変ショックを受けたと同時に、勉強にもなりました。数か月経った後はハンガリー語でも話してくれましたので、ハンガリー語の習得をも目標とする私にとっては、彼らの存在は非常に助かりました。

最初の三か月間は目新しいことばかりで、時にはホームシックにもかかりましたが、今ではいい思い出です。その後は心身ともに徐々に文化に順応していき、年を越した辺りからは、留学自体を楽しめるようになっていました。そして11か月間もあっという間に過ぎ、最終的にたくさんの人に惜しまれながら日本へ帰ってくることができました。

いろいろな知識を習得して日本へ帰ってきたわけですが、帰国後私は進路について非常に悩んでいました。大学受験をどうするか、です。正直言うと、ハンガリーでの約一年間は全く受験勉強に手を付けなかったため、残り7か月で今までの1年間を取り戻せるか心配でした。休学扱いで高2に戻る方法もありましたが、それは私の中の選択肢にはありませんでしたし、現地の高校からも単位を頂けたので、それをする必要もなかったからです。

私は留学中の終盤くらいから、この国でこの先滞在できる方法はないかということも考え始めていました。高校留学は11か月で終了しなければいけないのがルールでしたので、一旦日本へ帰って再びハンガリーへ戻る方法はないか、あれこれ考えたり調べたりしていたわけです。そして見つけたのが、ただ一つだけの方法、ハンガリーの大学への進学です。身近に前例がなかったため、自ら情報を調べていく必要がありました。しかし、夢を実現するには通らなければならない道だと思い、徳島の高校の先生方に大学受験をしない旨を伝えた上で、本格的にハンガリーへの大学進学を目標に行動を開始しました。

ハンガリー滞在中に訪れたある街に興味を持っていたため、そこに大学はないか調べていくと、約650年前に設立された、ハンガリー最古の大学が存在していることがわかりました。そこでは、ハンガリー語での授業のほかに、英語でも授業が行われており、たくさんの外国人学生が通っていることを知りました。私にとっては、長年学んできた英語で、レベルの高い授業を受けることができるというのは非常に魅力的でした。そのうえ、その大学の経済・経営学部の英語コースでは、その大学の卒業を認められるうえに、イギリスの某大学の卒業証書が与えられるというシステムがありました。というのは、ハンガリーの大学とそのイギリスの大学が業務提携していて、期末試験や卒業論文など、イギリスの大学の認可を通して単位が与えられるという、ユニークな方法をとっていたからです。

ハンガリーの高校生は、日本の大学受験と違い、高校で卒業試験を受け、それに受かった者が大学に進学できます。私のような外国人の入学資格というのは、高校の卒業証書のほかに、入学の動機の作文や英語のレベルの証明書(私の場合はTOEICのスコアを提出)といったところでした。私にとっては得意の英語を勉強するのみが課題でしたので、助かりました。

大学に書類を提出する直前に、私が入学する年からたまたまスタートすることが決定していた、ハンガリー政府の奨学金制度を知りました。その概要というのは、学費の免除から始まり、学生寮の無料提供、医療保険、月々の食費等々、日本ではありえないような好待遇の奨学金だったのです。私の入学する年からの制度であったため、知名度が低く、運よく私も奨学金を頂けることになりました。(今日本でも議論されていますが、給付型の奨学金制度は、ハンガリーだけでなく、おそらく海外の方が充実していると思います。)私にとっては何事もとんとん拍子に事が進んで行ってくれたので、本当に運がよかったのだと思っています。

無事に入学の許可もおりました。住んだことのある国であったため、高校留学以前ほどの不安はありませんでした。そして今でも私の大きな支えとなっているのは、高校時代のホストファミリーの存在です。まるでもう一つの実家のように、大学の休みなどに彼らのお宅へたびたびお邪魔して滞在させてもらっています。非常に心強い存在で、彼らなしではハンガリーへの再渡航はなかったのではないかと思うほどです。

ハンガリーでの大学生活を紹介します。日本と違いほとんどが必修教科で、その代わり、コマ数は日本の大学と比べ少ない印象です。クラスは、ハンガリー人をはじめ、私を含め5,6人が外国人、その他短期の交換留学生といった内訳で、総勢50人ほどの比較的小規模なクラスです。

日本の大学との大きな違いは、最初から非常にインタラクティブ(対話方式)な授業形式ということです。一年次は、各教科につき1,2回のプレゼンの発表が必須でしたが、二年次には、各教科毎週のようにプレゼンの準備を必要とします。例えば、Human Resource Management(人的資源管理学)の講義では、各5人程のグループが国際的な会社(コカ・コーラ社やアップル社など)を選択し、その会社について毎週または2週間に一回、10分ほど学生の前でプレゼンをします(プレゼンをするチームは当日に教授が発表)。そのプレゼンの内容やスライドの見やすさ、話している際の態度などが教授によって評価され、最終的な単位に加算されます。

私の在籍している大学では、中間試験と期末試験が重要な役割を果たします。私は経済・経営学部ですので、計算を必要とする会計学やミクロ・マクロ経済のほか、私が苦戦しているエッセイ形式の試験があります。エッセイ形式の試験とは、ただひたすら質問について英文で答えを書いていくものです。当初、そのような試験は日本語でさえもあまり経験がなかったため、当然長々と書けたわけでもありません。教授は、内容はもちろん、英文の長さも重要視しますので、とにかく数をこなしていくしかありませんでした。しかしその甲斐あって、入学してから間もなく二年が経つ今では、エッセイ問題に関しては、自分自身でも内容の質・長さ共に良いものが書けてきていると実感しています。

私の大学では、先ほど申し上げたように、イギリスの大学と提携していますので、教授に提出するレポートや宿題、プレゼンで使うスライドや試験の解答用紙は、すべてイギリスの大学へ提出され、そこでもそれらは評価されています。エッセイ系の試験が多いのは、イギリスでは学生にたくさん書かせるのが伝統だからなのです。

私は、ハンガリーでは日本人とは距離を置くようにしています。と言いますか、私の在籍している学部には日本人は私一人です。たくさんの留学生及び外国人学生はいますが、日本人が少ないのは、知名度が低い国なのと、首都ではなく地方の閑散とした街にある大学なのが理由だと思います。しかし私には非常にいい環境で、自分が同胞の日本人を頼らなくても、ハンガリー人や他の外国人と、どこまでやっていけるのか試すことのできる場だと、ポジティブに捉えています。実際、現地の人としか経験できないようなことも体験できますし、それは生涯自分にとっての財産になると思います。私は高校時代の留学中にハンガリー語も多少はできるようになりましたので、英語があまり話せない友人とでも交流を図ることができています。そのおかげか、ハンガリー人も私に対して大変フレンドリーに接してくれています。

私は帰国子女ではありませんが、幼い頃から英語を学び始めましたので、今こういった環境で勉強できているのは、そのおかげかなと思っています。残りの大学生活も時間を有意義に使い、成長できるところまで成長して自分に合った職に就きたいと考えています。卒業してからの進路はまだはっきりしていませんが、日本の外資系企業への就職、またはEU圏内で国際的な職に就ければなと思っています。

私のような学生が将来どんどん増えていってほしいとは思っていますが、今のところそれはあまり期待できないでしょう。なぜなら、日本は世界有数の先進国なので、日本から出ていかなくても質のいい教育を受けられ、職に就けるからです。しかし、日本を飛び出してほかの国の文化を学ぶことも決して無駄にはならないと思います。それどころか、日本的視野でなく、世界的視野で物事を考えられるようになるためには、これからぜひとも必要な経験だと思います。

日本は近い将来、オリンピックなど世界を相手にしたイベントが待ち受けています。英語は世界共通語であり、いくら学んでも損はありません。最近では、日本でも英語を社内公用語とする会社も出てきているほど、グローバルな社会に変わってきました。そういった、グローバル社会で勝ち抜いていくには、英語を使いこなせることが、ますます重要になってくるでしょう。そのためにも、学校で必要な知識を身につけた後は、とにかく場慣れです。数をこなして慣れていけば、そして、もし可能なら、私のように身体で英語に触れあっていけば、必ず英語力は向上していきます。とは言え、私の英語力もまだまだで、周りには私よりレベルの高い学生がたくさんいます。現状に満足せず、向上心を持って勉強に励んでいくのも成長するきっかけになります。

長々と書いてしまいましたが、これから海外の大学進学を目指そうという人に、少しでも参考になれば、幸いです。

※上記の英語版も提供してもらいましたが、2500語以上に及ぶ長文となる上、校正に時間がかかりすぎるため、今回は掲載を断念しました。